輸送用ダンボールまでも「商品」にしてしまうナイスアイディア。

飼い犬のトイレシートを箱買いした。
感心したのが、このダンボール箱。
ちょっと加工して組み立てると犬小屋になる。

これも商品の一つのセールスポイントなのだが、
とても素晴らしいアイディアだと感心した。

【1】箱買いしてもらいやすい。客単価を上げやすい。

【2】箱も商品の一部として大事に扱われる。=輸送時の損傷を防げる。(もっともこの商品に至っては蹴っ飛ばしても大丈夫な商品だけど)

【3】犬小屋を気に入ったらまた同じ買い方をしてもらえる。=ファンを作りやすい。

こんなメリットが考えられる。

事実、早速愛犬は気に入って寝床にしていた。この様子を見ると、もしこの犬小屋が傷んだら同じ商品を箱買いしようかなぁなんて思っていたりする。

ECの関わると、輸送時のトラブルが課題の一つとなる。
運送会社によってもだいぶ異なるが、発送元としても工夫次第でトラブルが減らせるのではないかと思った出来事である。

「地球はひとつということを証明しようとしている生き方に惚れた話」

私が中学生だった頃の楽しみは、休みの日に友人たち3~4人ぐらいで連れ立って、チャリを漕ぎ、20~30キロ先のお店を目指してショッピングを楽しむということだった。

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コンセントタイマーでライフハック

間接照明が好きだ。
好きすぎて我が家にはIKEAのイケてる間接照明がいくつかある。

しかし残念なことに、
疲れて仕事から帰ってきてぐったりしているところに
わざわざ間接照明のスイッチを入れるところまで手が回らない。

ただのオブジェとなってしまっている。

これでは勿体ない。
そこで、コンセントタイマーを組み合わせて
帰宅時間に点灯し、寝る時間に消灯するようにした。

これは素晴らしい。
帰宅すると間接照明がお出迎え。

就寝時間になると自動で消灯。
夜更かしも防いでくれる。

いろんなメーカーからコンセントタイマーは出ているが
どれも図体がでかく取り回しが難しい。

もう少し普及して使い勝手がよくなるといいなぁ。

黒い車がお好き。

車が好きで色々撮影させてもらっているわけですが、黒い車は、特に夕暮れ時などドラマチックな色を見せてくれるので、とても気に入っています。

グラデーション、映り込み、光の反射具合。
季節によっても表情が異なるので、なかなか撮影していても面白いものです。

黒に限らずダーク系もそうなのかな?

花粉症を治すためにやった3つのこと

タイトルに偽りあり、完全に治ったわけではありません。

花粉が酷い時期となってまいりました。
私も毎年のように嫌でも流行に乗ることになってしまい、
鼻水やらなんやらでぐちゃぐちゃになります。

そんなんではやっていけないので
おクスリを頂いてて花粉症をやっつけるのですが、
これもまた副作用で、頭が動かないという悩みに直面します。

詰んだ。
終わった。
仕事にならなくて本当に困る。

そこで今年こそは花粉症に負けないと
様々な対策を打ち立て実践をしていますが、
例年よりだいぶ楽になっています。

去年までは、毎日薬を飲まずには居られず、セレスタミンも服用していましたが、飲んでも今年は3日に一回程度。早めに対処しているので、鼻水が止まらず困った。ということはありません。

花粉症 治し方 その方法とは?

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フルサイズ一眼レフカメラ D610

フルサイズ一眼レフカメラD610を手に入れた。
やっと憧れのFXフォーマットである。

正直、DXもFXも変わらんだろうと思っていたが、全然違った。
いや…、本音を言うと、馬鹿高い値段差を埋めるぐらいの魅力があるのか?と目をそらしていたのだ。

勝手な思い込みはいかん。
数枚撮影しただけで違いがわかった。
感動した。
やはり道具は良いものを使わなければならない。

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IS01を災害時の情報収集用テレビとして運用するテスト

表題の通り一世を風靡したauのAndroidスマホ、IS01を停電時の情報収集に活用させるべくテスト運用を行った。

この端末、サイズも装備も質感も最高の端末でできれば今も使いたいのだが、残念ながらそれは叶わない。

でもなんとか活用方法を見いだしたいと、この活用方法を思いついた。

IS01がなぜ災害時のテレビとして、適しているか。

まず、画面。

iPhoneSEよりも大きく見易い。そしてシャープ製ということもあり、画面の発色などうつりがよい。更にクラムシェル型ということでいい感じに角度調整できる。これが普通のスマホならスタンドが必要になる。

次に電源の確保。マイクロUSBで給電できるのとバッテリー交換型なので、継続運用がしやすい。いざとなればモバイルbatteryのみでも動く。

そして、閉じた状態でも、ワンセグが途切れることがないので、ラジオとしても使える。当然画面は使わないので、電池の持ちが良い。例えば、平時は音声のみで、気になる情報は開いて確認するということができる。

モバイルバッテリーを接続して、音声のみで運用したところ、8時間の連続運用が可能だった。当然モバイルbatteryの容量次第でもっと伸ばせる。

かなり素晴らしいと思う。

問題は手に入れることができるか?ということだ。

ただこのアイデアは、ワンセグ付のスマホだったらほぼ同じように使えるので、機種変更で処分せずに、災害用バッグに、放り込んでおくのも良いかと思う。

ちなみにもう少し大きな画面でテレビをみたい場合、ポータブルナビのゴリラをUSB駆動させる方法もある。機会があればその話題も。

表裏一体

親戚が集まり、祖母を中心に他愛もない話をしていると、
ふと、母はどこに行ったのだろう、と辺りを見回し母の姿を探す。
「あれ?お母さんどこにいったの?」そう言おうとした瞬間、
はっと、何故ここにみんなが集まっているかを思い出す。
途方も無い悲しみに見舞われ、目の前がじわりとぼやけてきた。

誤解を恐れずに言えば、死は恐れるものではないと思っている。実に身近なもので誰しもが到達する人生の最終地点であり、むしろ絶妙なバランスで今こうして息ができていることのほうが奇跡のようなものだと。

だからこそ目を背けずに、どう生きるか?を一生懸命考えて行動したほうが良いのだと思う。
煮え切らないまま、人生が終わることのほうが恐い。
もう、そのチャンスはやって来ないかもしれない。だからいつだって全力で生きて「今日も一日よく頑張った!幸せ!」と言って眠りにつき、そのまま終わる。そんな最期が理想だと思っている。

一度失血して気を失いかけたことがある。
血が流れ出ていくごとに、何やらうとうとしてきて、いや、駄目だ!起きよう…。でも、気持ちよくなってきて、もういいや、寝ちゃおっかな。zzz。…しばらくして叩き起こされて目が覚めた。
最期のときは意外と睡眠の延長みたいなもので、自分の気持ち次第で踏みとどまれるし、もういいやと思ったらあっちに行けるんじゃないかと思った。ずっと眠ったままと考えると本人にとってはそんなに特別なものではないかもしれない?

とはいうものの、自分は良くても身近な人が居なくなるのはこれほど悲しく、寂しいものかと。

いくら悲しんでも、涙を流しても、帰ってこないのに、不思議なものだ。

死んだらどうなるか?
人生最大の謎であり、必ず解ける答えでありながら、誰も答えを知らない。
もし、あの世があるのならば、(無いと思ってるけど)あの後こんな事があったんだよ。とたくさんの土産話を持っていけるようこれからも一生懸命頑張って生きていく。

人生は道中どれだけ多くの経験ができるか?そんな旅路のようなものだと思っている。良いことも悪いことも。
そうだ、どんとこい。全部自分の財産にしてやるんだ。

ありがとう、母。
お疲れ様でした。

正常性バイアス

人間の心は、予期せぬ出来事に対して、ある程度「鈍感」にできている。日々の生活の中で生じる予期せぬ変化や新しい事象に、心が過剰に反応して疲弊しないために必要なはたらきで、ある程度の限界までは、正常の範囲として処理する心のメカニズムが備わっていると考えられる。-Wikipediaより。

特に大きな地震が来たときなど、大丈夫大丈夫大したことない。と慌てないそぶりをすることがよくある。
自分の場合もそうだったが、これを知ってからビビりながらも冷静に安全な範囲で行動することにしている。特に建物が歪んで扉が開かなくなることがあるので、とにかく脱出経路を確保するために、扉を開く行動を取っている。もちろん飛び出すのは危険なのでそんなことはしない。

さて今の自分は平静を保っていると考えているが、実際のところはよく眠れないだとか影響が出ている。夜、寝ているところにもしもの話が来たらどうしよう。朝起きて、今日はどんなことが起きるのだろうか?と考えてしまうのもつらいところだ。

三途の川を渡ろうとしている母を呼び戻す任務にあたっていると思うことはいろいろある。人というものは絶妙なバランスで生きているのだと。当たり前のように呼吸をして、腹が減るのは、実はすごいことなんだと。

この見守り時間を活用しようと、何かをしようものなら、油断をするとすぐにあっちに行こうとするので気が抜けない。

じーっと集中しているので、他に何もできない。でも思考をする時間はあるのでいろいろ考える。

そのままではパンクするのでできるときにどんどんアウトプットしている。こんな商売をしているので、タイピング速度は話をするよりも早い。

 

何かを発信することで、誰かの心に響けば良いといつも願っている。
それが楽しくなる、ハッピーであることが一番だけど、時には考えさせる。人生の肥やしになるような話題も大事なんじゃないかと思っている。
一人として全く同じ状況の人はいないのだから、万人に価値のある行動をするのは難しい。
そう、それは難しいことなのだ。

でもきっと万人にとってどうでもよい話題でも、特定の誰かの役には立つのではないかと思っている。
一人でも良い。むしろそっちのほうが価値があると思う。

だから、私は発信する。